期待のルーキーがやって来た 
次男坊家に、期待のルーキーがやって来た。
ルーキーっつったって別に人じゃないぞ、新しい掃除機のことだ。

これまで掃除機のない生活を送ってきたわけじゃない。
壊れたの。

異音がするとか吸い込みが悪いとか、あからさまな不調があればまだわかるが、先日掃除中、豪快に「ブイーン!」だったのに、一度止めて次にスイッチ押したら「シーン…」。
さっきの元気、どうしましたー?って。

動かないのを意識しないで、ごく自然に振る舞いながらさりげなくスイッチ押したら案外動くかも?と意味不明な期待をもってスイッチを押してみたが、やはり「シーン…」。
まぁ、そりゃーそーだわな。

もう10年以上使っていたし、それがウンも言わなけりゃスンともしなくなったわけだから、引退を決意。ホースをそっと置く…いや買い替えることにした。

そしてやって来たのがこの中型ルーキー。
日立のサイクロン式掃除機君だ。小さくもないがデカくもない。中型。
これまで紙パック式だったから、サイクロン式は何だか新鮮に映る。

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試しで動かしてみたが、ランプが付いたりと、どこかハイテク感がある。
フル稼働させてすぐに傷つけるのが嫌で、今はまだウォームアップ程度。
本格デビューは今週末だ。

今回購入した先は、甲高い声が特徴の社長(現・会長)がテレビによく出ていた、アノ通販会社。
引退した掃除機は20,000円で下取り(値引き?)だったので、結果的に安く買えたと思う。
びっくりしたのは注文から届くまでの早さ。ポチッとした翌日だった。


 
 
原信西城店の閉店ニュースが衝撃すぎる 
どうも、久しぶりの次男坊です。
更新します。


上越市の原信西城店の閉店ニュース。
https://www.joetsutj.com/articles/91992743
市民にも相当なインパクトを与えているようだ。

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次男坊だってその一人。
西城店は自宅から歩いて数分の距離にあり、冷蔵庫を開けるようにひょいっと行ける、まさに次男坊家の台所だった。
(次男坊家のトイレが詰まり切羽詰まったときは、西城店が天使に見えたもんさ)

最初この話を耳にしたときは、噓でしょ!?と耳を疑い、どこかでどんでん返しが起こらないかな~と一縷の望みにかけていたが、昨日店頭の告知を見て、あぁぁぁぁぁ~やっぱ出ちゃったぁぁぁぁぅぅぅ……って。

スーパーの撤退が続く本町界隈の住民からしたら死活問題。
トコトコ歩いて西城店に来ていた高齢者だって多いはず。
こんな街中で買い物難民になるかもしれない、ただ1店の閉店という事実以上の衝撃だ。


 
 
雪かきざんまい。 
今冬は全然雪が降らなく、どこま小雪でいけるか期待していたら、思った以上にそんなに引っ張れず。先週金曜あたりからドカンドカンのドカ雪になり、15日現在で高田は66cmの積雪となった。大寒波のばかもんが!

雪慣れしているだけに、積雪深60cm台の雪なぞ屁でもないが、それはジワジワきている時の話。こう一気に畳みかけられるとさすがの越後民でもてんてこまいする。幹線道路から少し入れば除雪車は入れず路面はガタガタだ。

そんな中大活躍するのが消雪パイプで、これがあると除雪の負担がずいぶんと軽くなる。
勤務先の駐車場にも消雪パイプがあるが、これがなかなかのクセモノで。男気が前面に出ちゃうのか(?)、「自分は、ここの一本道を責任をもって消して参ります!」と言わんばかりに水は真っすぐにしか流れてくれず、広がりながら流れてくれない。

土曜朝、恐る恐る勤務先に行ってみると…

ほらね!やっぱり直線的にしかとけてない…
なんですかこのムースみたいなアワアワは。
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わーい、泡だ~なんて喜んでいられない。これじゃ車の出入りが難しいので除雪にとりかかる。今年の雪は水分が多く、重たいので、けっこう大変だ。

土日は勤務先に実家に自宅にと3か所の除雪をやり、もう腕足腰がバキバキ。おまけに昼寝したら首まで寝違えちゃったというね。もう首が回りません。

日曜になり雪は落ち着いてくれたが、自然を相手に勝つのは難しい。
春まであと2か月ばかり。
2か月半後にはここから桜が咲くと思うと、やはり自然はスゴイ。


 
 
2017年の幕開けは 富士山から 
今さらですが、あけましておめでとうございます。
前回の更新から半月も経ち、間空きすぎて何書いていいのかわかんねーや状態だったのですが、正月っていうことをきっかけにまた少しずつ更新しようかと思います。

さて。

年末年始の休暇は遠出するのが恒例になっている次男坊家。
今回は富士山を拝みに、山梨県に行ってきた。

これまで何度も見ているが、近くまで行ったのは2012年みたいだな。
それを自分のブログの過去記事を調べて知る。
http://shukubutyou.blog38.fc2.com/blog-date-201201-14.html
http://shukubutyou.blog38.fc2.com/blog-date-201201-13.html

宿泊先は富士急ハイランドにほど近い、部屋から富士山も見えるホテル。
元旦初日の出も、部屋から拝んだ。ありがたやありがたや。

(※以下、写真はクリックで拡大)

「どうか今年も★※▽◆#でありますように…」
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元旦はまず、ホテルの近くにある河口湖へ。
ヨメの主張に押し切られて土俵を割り、湖上を走る遊覧船に乗ることに。

乗船客の半分以上はアジアからと思われる外国人観光客。彼らは逆光をものともせず、歓声を上げながら富士山に向けてカメラのシャッターを切る。とにかく切る。パシャパシャ切りまくる。
そのあまりの喜びようにこっちもうれしくなり、「どう、日本の富士山スゴイっしょ?」と脳内で胸を張る。
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湖を船で走った後は、陸を車で走り、富士山五合目へ。
まっすぐに延びている道路の先には、雄大な富士山が。
「あ~たまを~くもの~上に~出し~♪」で知られる童謡「ふじの山」が走るタイヤの音から聞こえるメロディーラインや有料の富士スバルラインを通っていくのだが、もう走っているだけで気分が高まる。
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この日は雪の関係か四合目でストップされたが、それでも十分。
南アルプスの山々や八ヶ岳など、息をのむ絶景が広がっていた。
標高2020m、この高地で食べたソフトクリームは寒さにガンガン拍車をかけてくる。まぁそりゃそーだ。
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山を下り、車を走らせ、再び水が広がる「忍野八海」へ。
ここは富士山に降った雨や雪解け水が地下の溶岩で約20年かけて濾過され、それが湧水となって現れる場所らしい。「八海」というその名の通り、8か所の池(泉)がある。

まぁ水が綺麗なのなんの、池に棲む魚たちから底からボコボコ水が湧き出ている様子まではっきりと見える透明度だ。池のほとりに立つ観光客の顔や着ているものまで水面に映していて、まるで水鏡のよう。
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ここもそうだったが、とにかく外国人観光客が多い。おそらく観光客の半数以上が外国人で、とりわけアジア系が圧倒的。
写真を撮ってもらおうと日本人と思われし方にお願いしたら、その方も外国人で。カメラ渡しちゃったし引くに引けないから、どこをバックにしてとか、撮るタイミングとか、言葉を使わず身振り手振りのなんとなーくのコミュニケーションで乗り切った。

インバウンドとはよく耳にしてきたが、休憩所や土産物店での案内看板や商品説明のポップなどは、日本語、英語表記のほか、今や完全に中国語表記も必須だ。中国人スタッフを雇っている店もあった。

富士山という世界遺産の人気観光地で、様々なことを見せつけられた。
関東ナンバー車のノーマルタイヤ装着率の高さも。


 
 
「真田丸」終了で「真田ロス」になりそう… 
ついに終わってしまった、NHK大河ドラマの「真田丸」。

戦国大好き歴史バカの次男坊からしたら毎週至福の時間で、「明日から仕事だぁ…」という日曜の夜に、気持ちを奮い立たせてくれるドラマだったのだが。

おいおい、来週からどうすりゃいいんだよ…。
これがいわゆる、「真田ロス」…か?
信繁(幸村)、ほんとカッコ良かったなぁ。

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上杉謙信LOVEで歴史が好きになった小学校時代から幸村の存在は知っていたが、好きというほどでもなく。
でも「真田丸」放映が始まって、上杉家との関わりで春日山城にも来ていたことを知り、「ほほーこれはこれは」と。
急に気になる存在に。

一途に恩のある豊臣家に忠誠を尽くす姿は不器用なほど。
それは春日山にいたときに謙信から伝わる上杉家の「義」を学んだからかも(と勝手に解釈している)。

食うか食われるか、だましだまされの戦国時代は、かたくなに「義」を貫くのは非常に難しいし、むしろ浮く。
そういう意味でも謙信や幸村は、同じ時期を生きていないが稀有な存在だったろう。

徳川家と戦った武田家や豊臣家が滅ぼされていく中、関が原で敵になった上杉家は領地を減らされながらも潰されずにいったのは、上杉家の「義」に家康が一目置いていたからではないか(と勝手に解釈している)。
真田家も幸村は戦死してしまったが、お兄ちゃんが徳川家に忠誠を尽くしてちゃんと後世まで家を存続させている。

歴史というのは本当にいろいろなことを教えてくれる。


上田城跡からの上田市内。市民の真田家LOVEっぷりはすごかった。
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上越市内にも、本堂に真田氏の家紋と六文銭を掲げている寺がある。
先日気づいて、いったいどういう関係なのかすごく気になるものの、調べても出てこないし、いきなり「おぬし、真田氏とどんなゆかりなのじゃ?」とも聞けない。
もんもんとするわ…。