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じいちゃん、またね 
ここ数か月入院していた祖父が、6月28日(月)午後1時35分、永眠した。


大好きだった祖父の最期を残しておきたくて、ここに書くことにする。


その日の朝、オフクロから「今日はあまり良くない感じだ」という連絡。

いったん家に戻るオフクロと交代で昼に行って見ると、
祖父は心拍数が上がって呼吸が荒く、苦しそうにしていた。
目はうつろ、意識はもうろうとしていて明らかに危険な状態。
私を見て何かを言おうとするものの、言葉は聞こえない。

血圧の低下によって冷たくなっていく祖父の手足を、病院に戻ったオフクロと
私で必死にマッサージ。
その後に起こるであろうことを思い、二人とも涙が止まらなかった。

それまではもうろうとしていた祖父だが、マッサージしている間だけは
しっかりと目を開き、一点を見つめていた。

「何かあったら連絡するから」とオフクロに言われ、仕事に戻ることにした。
病院を出て30分後、「もう息がなくなりそうだ」の連絡。

早すぎる。

いったん会社に寄り、仕事の引き継ぎをして病院へ急ぐ。
駐車場へ走っている間に、オフクロから連絡が入った。
電話に出る前にコールが切れ、留守番電話を聞くと、
「おじいちゃん、ダメでした」の涙声。



駆け込んだ病室で見た祖父は穏やかな顔で眠っていた。
間に合わなかった。

「おじいちゃん、本当によくがんばったね」とオフクロが祖父をなでる。

私も、頭を頬を手を足を、たくさん触った。
そして号泣した。


葬儀の手配と親戚などへの連絡を済ませ、
別の施設に入っている93歳の祖母のもとへ。

職員さんには連絡してあったのだが、どう話していいかわからず、
祖母には伝えていなかったらしい。

車椅子で運ばれてきた祖母を前に、私はただ必死に涙を我慢するだけ。
何も話せない、何も言葉が出てこない。

そんな私を見て、察したらしく、
祖母は「おじいちゃん、(天国に)行ったかね?」。

車椅子に乗ったまま、「そう…」とじっと左手の指輪を見つめていた。

やっとの思いで、「明日じいちゃんに会いに行こう」と言うと、
祖母は「そうだね…」とつぶやいた。

元気な頃は毎日のように祖父と大喧嘩していた祖母。
でも最近は「おじいちゃんが(天国に)行くときは
一緒に連れて行ってもらいたい」と願っていた。

それを思ったら、また泣けた。


祖父は戦争で徴兵され、仲間がみな戦死する中、一人だけ助かったらしい。
私がいくら聞いても、戦争については黙して語らず。
思うところがあるのか、終戦記念日の黙祷ではずっと目をつむっていた。

かわいげのあるキャラで、施設の職員さん病院の看護士さん、
本当にたくさんの人たちにかわいがってもらった。
オフクロの話では、息を引き取るときには、たくさんの看護士さんが
祖父のところに集まって声をかけてくれたらしい。


実はゴールデンウイークの頃に、夢に祖父が出てきた。
「○○を見たら、おじいちゃんあっちに行くから…」

肝心の○○の部分の記憶がなくて、それからずっと考えていた。
答えが何かはわからなかったが、答えになってしまうのが怖くて
あまりお見舞いには行けなかった。

久しぶりのお見舞いが最期になってしまった。
兄弟の中で一番祖父と一緒にいる時間が長かった私。
その顔を見るのが答えだったのかもしれない。


8月の誕生日まであと1ヶ月ちょっと、満96歳。
体の細胞の一つ一つまでしっかり生き尽くしたような見事な大往生だった。


もういいんだよ、本当にがんばったね。
今までありがとう。
大好きだったよ。

じいちゃん、おやすみ。





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