不思議な赤い糸 
こんなことってあるんだろうか。


6月28日午後10時33分、老健施設に入っていた祖母が亡くなった。
96歳の大往生。

一昨日オフクロから「持って1週間」という連絡があり、覚悟はしていた。
そして昨日、再度オフクロから「もう長くはない」と電話があり、
仕事帰りに施設に寄ったが、祖母の意識はなく、息は浅く速く、足先は
冷たくなっていた。心臓のポンプ機能が落ち、血液を強く送り出せず、
心不全が始まっているという状況である。

午後9時頃、軽井沢に住んでいる兄からこれから向かうと連絡があったが、
それまで持つかどうかというのがこちらの見解だった。

なんとかそれまで持たせたい。
息があるうちに会わせたい。

その一心で、着くまでの1時間半、冷たくなった足を必死でマッサージした。
それが意味があるか分からないが、少しでも血液が流れてくれればと。
でもダメなんだよ。
少しあったかくなるのは触れている部分だけ。それ以外は冷たいまま。

ヨメが何度か代わろうかと言ってくれたが、俺が持たすという気持ちで断った。
代わりにヨメは「もう少しでお兄さんたち来るから、もうちょっと頑張ってね」と
意識のない祖母にずっと声をかけ続けてくれた。

そして午後10時30分ごろ、兄一家が到着。
まだ息はあり、みんな次々と祖母に声をかけた。

なんとか間に合ったと思い、ほっとして部屋の外に出ていると、
オフクロが飛び出してきて、オヤジを呼びに行った。
何事かと思って部屋に入ると、祖母の息はなくなっていた。
兄たちが会いに来てわずか3分後のこと。
祖母は最後の力で頑張っていたのだろう。


くしくもこの6月28日は、3年前に96歳で亡くなった祖父の命日。
3歳下の祖母は祖父と同じ96歳まで生きて、そして同じ日に旅立った。

生前、次男坊に「もうあっち(天国)に行きたい」とよく漏らしていたが、
「もう少しでじいちゃん迎えに来るから、もうちょっと頑張って」と
励ましていたし、オフクロも「おじいちゃん、一番いいときにおばあちゃん
連れて行ってあげて」と手を合わせていたという。

じいちゃん、最後に兄貴の顔も見せて、本当に一番いい日に連れて行ったね。

2人が元気なときは年がら年中ケンカしていたけど、なんだかんだ縁が
あったんだろうし、強力な赤い糸でつながっていたということだろうか。
嘘のような本当の、夫婦の感動的なエピローグだった。